Little AngelPretty devil 〜ルイヒル年の差パラレル 番外編

  “冬名残りの暖”
 


油断大敵といいますか、はたまた上手の手から水が漏れといいますか。
弘法も筆の誤り、カッパの川流れ、

 「弘法さんって、この時代にはまだ居ないんじゃないんですか?」
 「カッパってなぁに?」

弘法大師ってのは空海のことで、平安初期のお人だってばさ。
それと、カッパは…どうなんだろか。
自然界の精霊が転じた妖怪だから、
平安とか室町の頃には もう広まってたのでは?
あ・でも、東北の出だと京都まで伝わるのはもっと時代が下がってからかなぁ?
まずは関東で、武家が出張って来てからだろうしなぁ。


  ………って、何の話をしてたんだっけ?
  あ、そうだそうだ。思い出しました。
(こらこら)


毎度お馴染み、京の都の場末のあばら家屋敷。
この冬もまた結構な冷え込みに襲われて、
お元気な家人の皆様も、それなり震え上がらせていただいたものの。
それでもそろそろ、春の気配も近いものか、
朝方のキュッとした冷えこそ変わらぬながらも、
陽射しの色合いが少しずつ、暖かい度合いを増しているし。
小鳥のさえずりも伸びやかに鳴り響き、
庭木のあちこちには新芽の気配も見え隠れ。
そんなこんなな春の気配を、
日々少しずつ、一ぉつ 二ぁつと数えていたところが、

 「お館様がお怪我をなされたの。」
 「なちゃえたのー。」

ちょっと聞いて下さいましなと、
お声を低めていたセナくんの肩先に。
実は小さな仔ギツネだから重くはないまま、
ちょこり乗っかったくうちゃんの。
口真似もどきな言いようもまた、
いつになく…掠れるまで小さくされたそれであり。

 「だって、くうのこと抱っこしてくぇないしー。」

お膝に乗っかってもね、
撫で撫でしかしてくりないのーと、
こちらさんもまた“つーまんなーい”と不貞腐れかけてる、
そんな事態のさなかであるらしく。

  ―― あの、途轍もなく用心深いお館様がお怪我だなんて、

そんな…よほどに強くて大きな邪妖との、
壮絶な対決でもなさったものかと思うところだが、

 「自分でも良く判らんのだがな。」

  はい?

むすーっとしていて憂鬱そうな、
不貞腐れておりますと言わんばかりのお顔でおいでなのは、
紛れもなくの真実本当、冗談ごとではない証左。
片膝立ててという相変わらずのお行儀の悪さにて、
炭櫃の前へと座しておわすお姿には、
細っこいのにピンと伸びた背条といい、
金色の髪も威勢良く逆立っての、いかにも挑発的で不敵そうな面構えといい、
普段とさほどの変わりもなく見えて。
ただ…よくよく見やれば、冬色の袷
(あわせ)の袖口あたり、
利き腕の右の手首に、晒し布を巻いておいでなのがちらりと覗き、
ついのこととて、その手で取ろうとした火箸の重さに、

 「…つっ。」

ちりりという痛みが走るのだろう、たちまち目許口許をしかめてしまわれて。
火箸くらいのものさえ持ち上げられないような、

 「だーっ、鬱陶しいぃっっ!」

こらこら、話の途中だってばさ。
(苦笑)
つまり、何かの拍子に捻るかどうかしたらしく、
じっとしてりゃあ何ともないのが、
何かを持とうとするとたちまちずきりと痛みが走るという
何とも厄介な症状に、今朝方あたりから取り憑かれておいでのご様子で。

 「こちとら、
  妖異や邪妖に喰いつかれたり斬られたりも さんざして来たってのによっ。」

だのに、こんなささやかすぎる痛さに翻弄されているのが、
腹立たしくってしょうがないというところでしょうか。
切れ長のまなこは金茶に透いて、
神の使いの高貴な獣を思わせる、金襴の髪に、
奥底へ光を沈めているかのような白蝋の肌。
ほっそりとした立ち姿は麗しく、
それはそれは繊細妖冶で玲瓏華麗、
さぞや複雑緻密な人性であらせられように…と思わせる風貌を大きく裏切って。

 「こ〜んなじくじくした痛みほど鬱陶しいもんはねぇっ!」

すぱーっと切れたのが2、3日で治るという種の怪我の方がマシと、
何とも判りやすくて乱暴なお言いようを持って来て、
ぷりぷりとお怒りのお館様へ、

 「だからって、突き指や棘の痛さが判らなくなるのも困ろうが。」

いつもなら まずはその姿を庭先に現してから訪のうお人が、
急いでいたので直行勘弁と。
ぶうたれるお館様こと蛭魔のすぐ傍らへ、
何もなかった宙空からひょいとお顔を見せて下さって。

 「ほれ、妙薬を持って来た。」

板張りの床へ片膝ついての、跪くようにして身を屈め、
小さな壷を黒衣紋の懐から取り出すと、
ほれと大きな手のひらを広げて“見せてみ”と催促なさるのは、
蜥蜴一門を束ねる総帥、葉柱さんという侍従様。
黒髪を後ろへと撫でつけた頭が、
だが今朝は少しほど、前髪を毛羽だたせておいでなのは、
起きぬけに痛い痛いと騒いだ誰かさんを思ってのこと、
今まであちこちを奔走して来られたせいと見えて。
「…ん。」
一応は素直に延べられた御主の手首。
どらと掴んだその途端、

 「い…っ☆」

あ〜あ、痛かったらしいですね。
涙目になったお館様から、どごぉっと蹴られております、式神様。
お約束のやり取りを経てから、
それでもまま、一応の手当ては済ませて、晒し布を巻き直して差し上げて、

 「何だよ、あっと言う間に痛みが引くんじゃねぇのかよ。」
 「そこまでの万能薬なんざ、そうそうあるもんか。」

日頃以上に無理難題を言い立てるのも、
傷病を抱えてそれに煩わされておればしようがないこと。
打てば響くで同じような罵詈雑言を言い返すのではなくの、
どうどうどうと宥めるように声をかけてやる。
そういう覚悟や我慢を腹へと据えるのは、

 “お陰様で慣れてもおるからの。”

何が幸いするものか、人としての器も育ったわいと。
そういう考え方を持ってくるのは、相手が好いたらしい存在だからに他ならず。
「…。」
あ、人じゃなかったかな?
え? それで睨んだワケじゃない?
お途惚ける筆者に“まあいいけどよ”と呆れ半分の吐息をついていれば、
そんな隙をついてのことか、

 「………お。」
 「〜〜〜。//////

相変わらずに軽い身が、
こちらの肩へ ぽそりと凭れかかって来る。
あれほど手痛く蹴った直後だってのにネ。
可愛くない物言いも全然直らぬ君なのにネ。
何だよと睨みあげてくる視線が、
文句あるかという棘々しいばかりなそれなのに。
どうしてだろか…葉柱には何とも愛おしくってたまらぬお顔。
まだそんなには薄着じゃあない衣紋の中、
それでも的確に、その細い肩の輪郭を知っているから。

 「…ほれ。」

まだ寒かろし、それより何より、
痛む側の腕、押しつけていては響かぬかと。
懐ろを開いてやっての、凭れやすくと構えてやって。

 「ん…。//////

すぐ鼻先という間近へ誘い込んだ格好の、
金の髪やら白い耳朶やら、愛おしげに眺めやって。
今度はそぉっと、下から掬い上げてやり、
問題の手首を慰撫することで いたわってやって。


  ―― 動かさなけりゃあ痛まぬのだろ?
      ああ。
      だったら今日いちにちはじっとしてな。
      ん。
      用がありゃあ俺が代わるからよ。
      …ん。


どうせ桧扇か箸か筆くらいしか持ち上げぬ身なのだし…とか、
怪力発揮するといやぁ、人を蹴るときくらいだし…とか。
余計なことはせいぜい言わないようにね、葉柱さん♪




  〜 どさくさ・どっとはらい 〜  08.3.03.


  *実はこのお話の案を練っていて、
   お見事にすべって転んでをやってしまいましてね。
   私には、書いたお話の中の怪我やら災難やらが、
   自分にも降ってくるという妙なジンクスがありまして。
   でも、こたびは手首がチクッと痛かったからって思いついた話だし、
   だったらそのジンクスも来ないだろと思ってたんですがねぇ。
   そういう油断がいけなかったのかなぁ?
   考えすぎでしょうか、う〜む。

  めーるふぉーむvv めるふぉ 置きましたvv お気軽にvv

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